2025年5月24日土曜日

日本人の行動癖

近年、「不景気のときには減税をすべき」という恐ろしいほど単純化された命題が頻繁に観察される。これはおそらくケインズの経済学に鼓舞された思想の一種であると思えるが、現実世界はそれほど甘くないし、単純ではないであろう。

そもそも経済とは、他のシステム、すなわち、社会システムから分化された法律、政治、教育などのサブシステムと同位置にあり、経済優先のゼマンティックがはびこっていた、近年の日本における社会システムに対する批判はあまり聞こえてこない。

100歩譲っても、経済システムの中で「不景気」というのは循環的に観察されることはマルクスが助言していたことであった。そういうまるで、自分たちの意見が正しい、他の意見を聞き入れないというような、中二病のような言説が市民権を得ているのか、現在の日本における社会システムの一部である。

話は変わるが、昨今のデモ活動においてもスローガンのように「財務省解体」という聞く人が聞けばまるで空中分解している言葉などが観察される。しかし、実体的に「財務省解体してどうするのか」という小規模の抽象的思考力すら聞こえてこないのが現実である。

財務省を解体した場合、それまでの任務はどこの誰が行うのか? あるいは別の省庁を新設するのか? では、それは旧来の財務省とどのように変わるのか? やはり責任のある回答はあまり聞こえてこない。

思えば行動すれば変わるというような、これもまたまた単純に毒された価値観がはびこっているのも、現在の日本における社会システムである。本日少し挑発的に、SNS にトゥールミンの議論モデルをツイートした。これに反応はあまりなかったが、せめて意見をするのなら、反駁を許可する、そして根拠を元に説明する、そういった姿勢が大事だろうという含意を込めて大衆に放ったつもりである。繰り返すがあまり反応はなかった。

議論やデモ活動が行動を自己正当化するためのものにならないために、私も少し考えてこのような言動を取った次第である。せめて理論に対する拒否反応を和らげ て、理論の味わいぐらいはせめて味わってほしいと思うものである。

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