日本の行く末が気になって仕方ないので、政治学について、集中的に学んでいくことにした。この動画では国家権力を「あらゆる暴力を行使できる力」のように定義し、国家権力の暴走と程遠い「経済」を据え置く考えを示している。しかし、この動画でも示されているように、経済に重きをおきすぎると、逆に国家権力の介入が必要になってくるという逆説が起こる。私はルーマンをかじって、国家権力と経済力の二分法ではなく社会システムから分化した様々なサブシステムの部分的なものとして考える方が適切だと思う。すなわち政治システム、経済システムはそれぞれ矛盾を抱えたものであり、他にも法システムなどの存在が重要視されるべきだということである。何かに権力を集中させると暴走が起こり、結局「民」が苦しむことになるのは歴史が証明している。権力という概念も様々なシステムによる観察そして監視が必要であろう。ちょうど日本は与党の自由民主党が総裁を選ぶ時期に来ている。これも自由民主党の中だけの選挙という風にナイーブに捉えるだけではなく、私たちはきちんと彼らの言動を監視をすべきであろう。そして、日本の舵を取るべき、人間を選ぶという大事な選択に、私たちは何もできないという悲観論に陥るのではなく、これまでの自由民主党の様々な悪態とどのように変化したか見極めるべきである。私は選挙がある意味の祭りのようなイメージに変わってきていることに危機感を覚えている。今回も自由民主党の様々な悪態が影を潜めていき、まるで経済のための仰々しいイベントのような修飾がなされていることが残念でならない。なぜ総裁選をしなければならなくなったか、それを忘れてはならないであろう。今一度、私たちは国家権力を監視するという役目を思い出して、権力の暴走を防ぐために1人1人が考えるべきではなかろうか?
2025年9月18日木曜日
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