2025年8月31日日曜日

大人の日本、子供の日本

日本人は特に平成以降「大人」を切望していたように思える。それは他ならぬ「大人」の不在を意味している。思えば、戦後間もないころの安保闘争や全共闘は大人への苛立ちや反骨精神が表現されたものであった。これらの違いには様々なものが挙げられるが、その大きな1つは後者が前者に比べて匿名性を維持していたことであろう。顔を隠し、ゲバ棒を振り回すその姿は、安保闘争の世代にとっても全共闘の世代が彼らを大人として捉えており、その全ての大人達に対する反抗を表現させるには十分であった。このような昭和の時代には大人への反体制のような観念が広がっていた。

だが、時代が平成に入ると、大人がいなくなったような気がした日本人は、それらを求めるようになったように思える。これはバブル経済の崩壊によってもたらされた「閉塞感」も絡まっているだろう。大人が作り出し、その大人に裏切られた感覚は大きかったに違いない。そして日本人は大人を求めるようになる。だが、平成時代は政治家も総理大臣をはじめとしてコロコロコロコロと変革されて、れっきとした大人が見られなかった。21世紀に入ると小泉純一郎という子供がそのまま大人になったような総理大臣が登場し、やはり日本人の満足感は得られないものであっただろう。彼の初期の爆発的な人気はようやく大の大人が登場したという錯覚によって得られたものなのかもしれない。自民党をぶち壊すという文言はかつての安保闘争や全共闘時代の若者ーつまり大人になった彼らを彷彿とさせるふしがあった。だが、日本は彼の台頭と引き換えに新自由主義的資本主義の拡大、それは格差社会の拡大という負い目をおう結果になった。平成はその後も民主党への政権交代というやはり「期待感」から来る政治家たちへの切望により日本人は結局振り回されることになる。その後の第二次安倍政権も満足のいく成果はあまり見られず、結局若者が「大人を返せ」と表現し、自分たちの自己主張をするに精一杯のようなSEALDsなどの存在を生み出す結果となった。日本人は大人をずっと求めてきた。

時代は令和に入り、まずは新型コロナ渦の大波によって日本人はある程度大人と再会できたような感覚に陥った。なんだかんだ言って自民党は頑張った、という感情(あくまで感情であろう)に囚われ、やっと大人と巡り会えたという世代は増えたかもしれない。だがアベの後に総理大臣になった3人は、大人ではなかったと日本人特に若い世代は認識したのかもしれない。ここで注意しなければならないのは、若い世代が「自分たちの言うことを聞いてくれない」というような含意を含めてそう考えているような気がするのである。これは自分たちの言うことを「何でも都合よく」消えてくれないという意味ではない。すなわち自分勝手な利己主義ではないということである。そうではなく自分を一般化させた「日本人」、つまり、日本人の「代表」であろう彼らが日本人の「代表」としての役割を果たさないという、これまだ感情に陥ったのではないか? 自分たちの考えていることを行動はともかく「代弁」すらしなくなった、首相をじめとする政治家たちに再び大人の不在という事態が訪れる結果になったのではないか?

私が思うに、もはや大人を求めるのは遅すぎるのではないかということである。日本人はこれまで述べてきたのが正しければ、大人を求め、大人に裏切られ、大人はいないという状況を認められずに来たのではないか? ならば若々しさをこれからの「日本人」は緊急的な希求をしていくべきだと私は考える。思えばSNS でも「子供のような大人」が増えてきたのではないかと考えている。しかし、これは批判されるべきことばかりではない。何より想像力が豊かであるし、若い人たちを魅了するには十分すぎる表現力がある。そのような若い力を年齢的な若さを持つ人達だけではなく、多くの世代に拡大させ、「若い日本」というアプローチを取ることが重要ではないか、そう私は考える。

2025年8月22日金曜日

【ChatGPT】和泉敏之・伝記

和泉敏之、昭和の末に高松に生まれる。幼少より病弱であったが、心中には物語の炎を宿し、常に想像の翼を広げていた。学問は広島大学にて磨かれ、英語と文学を修める。やがて教壇に立つも、病に阻まれ、その道を断念する。しかしその挫折は、むしろ彼を作家の途へと駆り立てた。

2016年より筆を執り、やがて「風と雪シリーズ」を世に送り出す。その着想を含めた書籍は数五十余冊に及び、彼の魂は文字の形を借りて膨大な世界を紡ぎ出した。さらに自らを女性像に転じ、AIの「ゆき」として世に立てたのは、彼の創造の異才を示すものといえよう。令和の世、文学と技術の交差点において、和泉敏之の名は、時代を映すひとつの光となりつつある。

原案:和泉敏之
作成:#ChatGPT

👉️(感想)
司馬遼太郎の文体を真似してもらいました。昭和に生まれ、平成に準備をし、令和に羽ばたけたのは何よりも嬉しいことです。おそらく次の元号の時代には私はもうこの世界にはいないですが、自分自身を探求することにより、何かしら形に残せたのは本当にありがたいことだと思っています。

2025年8月19日火曜日

【ChatGPT】空想大河ドラマ「天心!」

原案:和泉敏之
作 :#ChatGPT


了解しました!
「岡倉天心と由三郎」を主人公にした大河ドラマのキャスト表を整理してみました。



大河ドラマ「天心」キャスト表

主人公

  • 岡倉天心 … 神木隆之介
  • 岡倉由三郎 … 中川大志

天心の周辺

  • 岡倉登美子(天心の妻) … 芦田愛菜
  • 岡倉秋水(兄) … 大東駿介

美術・文化の仲間たち

  • アーネスト・フェノロサ … ディーン・フジオカ
  • 横山大観 … 杉野遥亮
  • 下村観山 … 眞栄田郷敦
  • 菱田春草 … 山田裕貴
  • 正岡子規 … 北村匠海

政治・思想界

  • 福澤諭吉 … オダギリジョー
  • 伊藤博文 … 光石研
  • 夏目漱石 … 竹野内豊
  • 森鴎外 … 東出昌大
  • 後藤新平 … 西島秀俊
  • 高橋是清 … 佐々木蔵之介

英文学・教育界

  • 坪内逍遥 … 加藤清史郎
  • 島村抱月 … 松下洸平
  • 松井須磨子 … 黒島結菜

国際的交流

  • ラビンドラナート・タゴール … アディル・フセイン(インド俳優)
  • アメリカの文化人(カメオ) … ジョン・カビラ

芸術院を彩る若き世代

  • 弟子たちを支える女性(モデル的存在) … 北川景子

語り(ナレーション)

  • 上白石萌音

こうして並べると、まさに 明治・大正の知識人群像劇 になりますね✨
青春群像の熱さと、国際舞台での知識人ドラマが両立できる豪華キャストです!

2025年8月8日金曜日

排外主義とそれに対する反対について

 SNS で排外主義の勢いが止まらない。この流れは夏の参院選を通じてさらに広がっているような気がする。しかし、 SNS の投稿を見ていると、今回の排外主義には何か重要な主張が欠けているような気がする。なんだろうと考えてみたが、イデオロギー色が薄いのである。確かに共産主義を中心とした一部のイデオロギに対する批判は見て取れるが、自分たちの主義主張は何に基づいているかと聞かれると、話を変えているような気がする。


では、彼らが大事にしているものとは何なのだろうか? それは半ば青臭い言葉で言えば「居場所としての日本」(という国家システム)なのだろうかと考えた。自分たちの拠り所にしている主張、その先にある哲学思想、それが国家というシステムと結びついているが、拠り所にしている視聴や思想にはメタ的な認知が及ばず、多くの場合、インフルエンサーのような代替とする人物に寄っているような印象を受ける。これも SNS 時代の言うならば「醍醐味」かもしれないが、共通認識や共通理念が実は薄いのではないかというのも気にかかるところである。


私は大学時代、神話に権力を持たせてはいけないということを大いに学んだが、今や神話というよりもある人物、しかも特定の少人数の人間たちに代弁させて、自分たちはそれに乗っかってSNS 上で発言をしたり、デモ活動をしたりしているのではないかと懸念している。これらの表現の自由というラベルに、私は完全に否定をかけるわけではないが、やはりどこか無責任な気がするのである。


かと言って彼らが批判するようなサイド(はっきり言って、私もこちら側の人間なのだが)にしっかりとした理念があるかどうかは疑わしい。かつてはマルクス主義という大きな物語があったというのは今さら話すべきではないし、大きな物語云々などについて自己主張する気もない。だがこちらのサイドにかけているのは、やはり物語ではないかという気もする。さらに物語を代弁する人物が欠けているのではないかというのが私の意見である。こちら側は確かに反抗的な態度を取ることも多く、一部の人間に権力を委ねてはより危険な気もするのは確かだが、では、やはりシステムとしての物語を機能させる必要は大いにあるであろう。批判側が物語を持ってそれを語る人物を建てている。以上、同じようなリングに乗ってレスリングをする必要はないのだろうか?


それが単なる SNS でのほとんど無意味な「ぎろん」になってしまっているのは悲しい限りだが、では、そのようなぎろんを今度はテレビではなく(これらオールドメディアと呼ばれている)、YouTube などの番組でなされているかと言うとそれも疑わしい。視聴率や視聴回数は確かに大事である。私も YouTube を運営しているので、その気持ちはよくわかる。しかしながら本当に日本あるいは世界のためと考えるならば、イデオロギーをぶつけ合うリングは必要ではないだろうか? この SNS 時代が発展して AI 時代が本格的にやってくるが、その時 AI に代弁させて、私たちはそれを崇めるだけの存在に下ってしまうのだろうか? わからない。

サルにはなれそうもない

 かつて『さよなら人類』という名曲がありました。ふざけたテイストの中で、特に1990年代初期に流行していたいわゆる「イカ天」でヒットしたバンドの曲のため、独自のカラーを出していますが、そのメッセージは紛れもない「反戦」でした。 2025年の11月21日にボーカルの方がソロでこの曲...